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第四章 ドレスの魔法 第十四話

Author: 夏目若葉
last update Last Updated: 2025-04-10 07:46:54

 兄妹の会話が面白くて、思わず少し声に出して笑ってしまった。

 だって操さんは冗談のつもりは一切無く、至極真面目にそう言ってる。

 今度の日曜にふたりで一緒にパーティに赴く事情を知らない彼女は、彼が理由もなく私に強引にドレスを着せて遊んでいるのだと誤解したらしい。

 そうじゃなきゃ、仕事上の関係でしかない私がドレスに着替える必要がないと考えるのは当然だ。

 ――― それにしても、ド変態はウケる。

「違うんですよ。今度パーティに出席する際に宮田さんにドレスをお借りすることになって、さっき隣で試着してたもので。でもこんな格好でここにいたら驚きましたよね」

 今更ながら自分がドレス姿なのが猛烈に恥ずかしくなってきて、赤面しながら操さんに説明すると、事情をわかってくれたようだった。

「で? 操はなんの用?」

「なんの用?じゃないわよ。これよ、これ!」

 操さんは思い出したようにムッとし、持っていた紙片をピラピラとさせながら、こちらへツカツカと歩み寄ってきた。

 私は今がチャンスだと思い、ふたりが話している間に隣の部屋に戻ってスーツに着替えようと、そっとその場を離れる。

「入金金額、間違ってるよ! ほら!」

「あれ? そうだったか?」

 部屋をそっと出て行くときにふたりのそんな会話が聞こえたから、なにか仕事がらみの話なのかもしれない。

 言葉の発し方に真剣さをうかがわせる操さんの様子から、なんとなくそう感じた。

 隣の部屋でドレスを脱いで、着て来たスーツに着替え終わると再びアトリエ部屋に戻った。

 てっきりまだ操さんがいるものだと思っていたのに、その姿は既になく……。

「あれ? 操さん、帰られたんですか?」

「うん。僕が振り込んだ金額が違うとかなんとか喚いて、帰って行ったよ」

 ……操さんの用事は短時間で済んだみたいだ。

 操さんがまだいるのなら、私は自分の用事も済んだし、挨拶だけして帰ろうと思っていたのに。

「操が働いてる会社、海外の輸入雑貨を扱ってるんだ。この前久しぶりに会ったらいろいろ仕入れさせられちゃってさ。で、その代金を振り込んだんだけど金額が間違ってるって、あの剣幕だよ。細かいこと言いすぎだよね」

「いや……全然細かくないですよ。振込み金額が間違っていれば指摘されるのは当たり前です」

 至極当然だと私が素で言えば、冗談だよとケラケラと宮田さん
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     さすがプロ。ドレスとも合っているし、目はパッチリとしたけれど上品さは残したままだ。  鏡に映る自分を不思議な気分で見つめていると、宮田さんが後ろから近寄ってきているのに気づいた。  彼はなにも言わずに私を椅子から立たせて、自分と向かい合わせになるように正面から凝視する。  ドレス姿の私をじろじろと上から下まで見た後、私の顔に焦点を合わせた。「どうしよう。めちゃくちゃ可愛いよ!」 とびきり嬉しそうな顔をして、宮田さんが思い切り抱きついてきた。「わっ! 」 慌てた私が、咄嗟に驚きの声をあげる。  な、なにをするんですか!  仕切られたスペースだとは言え、美容院ですよ、ここは。「宮田くーん。せっかくのメイクと髪、崩さないでね。今ここでイチャイチャしないで、パーティが終わってからにしなよ」 気持ちはわかるけど、なんて言いながらマチコさんが呆れて笑っている。「うん。パーティ後にはいっぱいイチャつくよ。今キスしたらリップもグロスも落ちちゃうからね」 「え、宮田くんって意外と肉食なのね。まぁ、男は多少肉食じゃないとね。草食なんてダメダメ!」 ……なんという恐ろしい会話をしてるんですか!  だけど……私を抱きしめる宮田さんの温もりがやさしくて、彼の上品なスーツから漂うフレグランスの香りに酔いそうになる。  その場を取り繕うように少し抵抗して見せるけれど、ドキドキとうるさい自分の心臓に、私自身が嫌でも自覚させられた。  ――― この人を、意識していると。「二人とも、また来てね」 「うん、ありがとう。またね」 マチコさんがタクシーを呼んでくれて、美容室を後にした。  だいたい、今日の宮田さんは反則だ。  いつもふざけた調子で、なにひとつ真剣なことを言ってる感じがしない人なのに。  今日ばかりは、どこを取っても普通の大人のイケメンだ。  普段とギャップが激しすぎる。  ……だからだ。私もドキドキしてしまったり、いつもと違ったりするのは。  タクシーの中、窓の外の流れる景色を見ながらそんなことを考えていると隣に座る宮田さんが私の手をふいに繋いだ。「朝日奈さんって綺麗な手をしてるよね。……そうだ、今度はブレスレッドやリングもデザインしてみようかな」 繋いだ手をまじまじと見つめながら、彼が穏やかな口調でそう言った。  ジュエリーのデ

  • 解けない恋の魔法   第五章 パーティの魔法 第三話

    「で、彼女は……モデルさん?」 「いえ! ち、違います!」 マチコさんのその甚だしい勘違いには、驚いて目を丸くしながら私は全力否定した。  どこをどう見間違うと、私がモデルに見えるのか…。  もはや謎としか言いようが無い。「あ、じゃあ宮田くんの彼女だ。ふたりで仲良くパーティに出かけるってわけね」 私の髪をテキパキと巻いていきながらもニヤリと冷やかすような笑みを浮かべて、マチコさんは私と宮田さんを交互に見る。「か、彼女ではないです!」 「そう、彼女じゃないよ。僕は好きだなんだけどね」 サラっと人前で、どうしてそんなことを言うかな。  恥ずかしいけど、髪をやってもらってるから俯くこともできず、鏡の中の自分を見ると耳が赤くなっていた。「なにをモタモタしてるんだか。こんなにかわいい子なんだから早くものにしないと。ほかの男に持っていかれちゃうわよ?」 好きだと言った彼の言葉にマチコさんはさほど驚くこともなく、説教の混じった言葉を宮田さんに投げかけると、鏡の中の私にニコっと微笑む。  マチコさんの手際は神がかり的で、私の髪は短時間で綺麗に巻かれてセットされた。  あとはメイクだけど……  助手の人に、あれやこれやと細かく指示を出してメイク道具を準備させていたその時 ―――「宮田くんもやってあげる」 後ろで私の様子を見守っていた宮田さんに、突如マチコさんが近づいてそう言った。「僕も?」 「うん。ワックスつけたらもっとカッコよくなるから!」 そう言いながらマチコさんの手には既にワックスが付けられていて。  宮田さんが必要ないと言っても、やるつもりなんだなと思うと笑いがこみ上げた。 鏡も何もないスペースに座る宮田さんに、マチコさんが魔法をかける。 「できあがり」と呟いてマチコさんが離れると、ワックスで無造作にセットされた黒髪の宮田さんが鏡越しに見えた。 もう……何よ。  黒スーツにアスコットタイ、それだけでも似合っているのに、さらに髪型までかっこよくなっちゃってる。  そうしているうちにメイク道具がそろったようで、今度はマチコさんが私に近づいてくる。  椅子をくるりと横に向きを変えられメイクが始まった。  いつも私が自分でしているナチュラルな適当メイクとは違って、いくつもの筆を使い、丁寧に絵画を描くようにマチコさんが仕上げてい

  • 解けない恋の魔法   第五章 パーティの魔法 第二話

    「ありがとうございます。宮田さんもすごく素敵ですよ」 少し照れたけれど素直に感想を言うと、当の本人の宮田さんは私以上に照れてしまったみたい。  顔を赤くしたのを私は見逃さなかった。 タクシーを呼んで、二人で美容室へ向かう。  大して事務所から距離は遠くなくてすぐに到着した。  そこはけっこう大きな美容室で、日曜だから来店客で少し混雑している。「マチコさーん!」 受付カウンターの奥にいた女性に、宮田さんが声をかけると、30代後半くらいの女性が振り向いて笑顔を向けてくれた。「宮田くん、待ってたわよ。いらっしゃい」 こんにちは、とお決まりの挨拶を済ませると、宮田さんと私を手招きして美容室の奥にある個室のようなスペースへと案内したこの女性・マチコさんは、ここのオーナーらしい。  私は促されるままに、大きな鏡の前に座らされた。「マチコさん、このドレスに合うようにセットしてね」 「はいはい。最上さんのドレスを台無しにはしませんよ」 「あはは。そこは信じてるけど」 マチコさんは、なんでもテキパキとこなすやり手のオーナーという印象だ。  仕事でお世話になっている美容師だと、宮田さんからは聞いていたけれど、けっこうふたりは親しそうだ。「で、ご希望は?」 「全体を緩くふわふわ~っと巻いて……後は任せる。あ、メイクもね」 「了解」 その会話に私は一切入れず、ただ唖然と聞き入るだけだった。  マチコさんは鏡の中の私ににっこりと微笑むと、私の髪をサラサラといじり始める。「かわいくしてあげるからね。任して!」 「よ、よろしくお願いします」 この人の手で、今から魔法をかけられる……  なんだかそんなふうに感じさせられるほど、マチコさんはカッコいい。「忙しい日曜に、ごめんね」 後ろの椅子に腰掛けて待機している宮田さんが、マチコさんに申し訳なさそうに声をかけた。  美容室の土日は忙しい。  だけど、知り合いである宮田さんの為にマチコさんはわざわざ予約をあけてくれたのだろう。「ほんとだよ。だけど宮田くんの頼みじゃ断れないでしょ。パーティだって?」 「うん。最上さんの代理でね」 「へぇ、いろいろ大変ね」 ――― 今の会話でわかった。  マチコさんは、宮田さんの正体を知らない。 話しぶりからすると親しい間柄のようだし、自分の正体を話して

  • 解けない恋の魔法   第五章 パーティの魔法 第一話

     日曜日。誘われていたパーティ当日になった。  迷ったけれど私はいつものスーツで最上梨子デザイン事務所を訪れた。  どのみちドレスに着替えるのだから律儀にスーツじゃなくてもいいような気がしたけれど、仕事ではないとはいえ、私の中では少し仕事気分だ。「朝日奈さん、今日もスーツなの?」 よっぽどスーツが好きなんだね、って出迎えてくれた宮田さんがケラケラと笑うのは、この際無視だ。  事務所は日曜だから業務は休みで、スタッフはもちろん誰もいない。  照明もあまりついておらず、昼間でも薄っすらと暗い中、宮田さんの後に続いて、この前の衣裳部屋へと入っていく。 パーティは夜からだけど、今日のスケジュールはこうだ。  まずこの衣裳部屋で、ドレスに着替える。  そして、宮田さんが予約してくれている美容室までタクシーで移動。  そこで髪をセットし、メイクをしてもらったら、そこからパーティ会場までまたタクシーで移動、という予定になっている。「靴、用意しといたよ」 部屋に入るなり、満面の笑みで宮田さんが私にパンプスを手渡す。  色は大人しめなシャンパンゴールドで、ピンヒール。  つま先から外側のサイドにかけて、ストーンが上品にあしらわれているデザインだ。  早速履いてみるように言われ、真新しいその綺麗な代物にそっと足を入れてみた。「どう? 足、痛い?」 「いえ。大丈夫です」 「そう、良かった」 「ありがとうございます。素敵な靴を準備していただいて」 お礼を言うと、「どういたしまして」と宮田さんが余裕めかして笑った。「じゃ、僕も隣の部屋で着替えるから、朝日奈さんもドレスに着替えてね」 意気揚々……とでも言うんだろうか。  宮田さんがなんだか楽しそうに、この前試着したドレスを私の両手に乗せて、そのままひらひらと手を振って部屋を出て行った。「入るよー」 コンコンコンと小気味よく扉がノックされ、着替え終わった宮田さんが再度登場する。  私もそのときには着替え終わっていて、自身を鏡で確認しながら大丈夫だろうかと心配していたときだった。「うん。やっぱり似合うな」 宮田さんのその言葉が私の不安を少しばかり軽減してくれる。  似合っているかは自分ではわからないけれど、ドレスと靴は見事にマッチしていた。  そして鏡に向かう私の後ろから、この前もつけ

  • 解けない恋の魔法   第四章 ドレスの魔法 第十四話

     兄妹の会話が面白くて、思わず少し声に出して笑ってしまった。  だって操さんは冗談のつもりは一切無く、至極真面目にそう言ってる。 今度の日曜にふたりで一緒にパーティに赴く事情を知らない彼女は、彼が理由もなく私に強引にドレスを着せて遊んでいるのだと誤解したらしい。  そうじゃなきゃ、仕事上の関係でしかない私がドレスに着替える必要がないと考えるのは当然だ。 ――― それにしても、ド変態はウケる。「違うんですよ。今度パーティに出席する際に宮田さんにドレスをお借りすることになって、さっき隣で試着してたもので。でもこんな格好でここにいたら驚きましたよね」 今更ながら自分がドレス姿なのが猛烈に恥ずかしくなってきて、赤面しながら操さんに説明すると、事情をわかってくれたようだった。「で? 操はなんの用?」 「なんの用?じゃないわよ。これよ、これ!」 操さんは思い出したようにムッとし、持っていた紙片をピラピラとさせながら、こちらへツカツカと歩み寄ってきた。  私は今がチャンスだと思い、ふたりが話している間に隣の部屋に戻ってスーツに着替えようと、そっとその場を離れる。「入金金額、間違ってるよ! ほら!」 「あれ? そうだったか?」 部屋をそっと出て行くときにふたりのそんな会話が聞こえたから、なにか仕事がらみの話なのかもしれない。  言葉の発し方に真剣さをうかがわせる操さんの様子から、なんとなくそう感じた。 隣の部屋でドレスを脱いで、着て来たスーツに着替え終わると再びアトリエ部屋に戻った。  てっきりまだ操さんがいるものだと思っていたのに、その姿は既になく……。「あれ? 操さん、帰られたんですか?」 「うん。僕が振り込んだ金額が違うとかなんとか喚いて、帰って行ったよ」 ……操さんの用事は短時間で済んだみたいだ。  操さんがまだいるのなら、私は自分の用事も済んだし、挨拶だけして帰ろうと思っていたのに。「操が働いてる会社、海外の輸入雑貨を扱ってるんだ。この前久しぶりに会ったらいろいろ仕入れさせられちゃってさ。で、その代金を振り込んだんだけど金額が間違ってるって、あの剣幕だよ。細かいこと言いすぎだよね」 「いや……全然細かくないですよ。振込み金額が間違っていれば指摘されるのは当たり前です」 至極当然だと私が素で言えば、冗談だよとケラケラと宮田さん

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